SHIROH

昨年末、帝劇を湧かせた劇団☆新感線のロックミュージカル『SHIROH』が、ゲキ×シネ第3弾として登場した。

個人的には「待ってました」と言いたいところ。

もはやゲキ×シネも三度目ともなれば「芝居は生に限る」なんてエロいことばかりは言っていられない。

多くの人に、良い芝居を、安価でかつ大迫力で観てもらえるなんて、これ以上何を望むというのか。

ゲキ×シネが観劇人口の間口を広げる、なんて大それたことは書かないけど、ひとつのエンターテインメントのカタチとして認めてしまっていいんじゃないだろうか?

さて、今回の『SHIROH』は、「いのうえ歌舞伎」ではなくミュージカルなので、拍子木や花道といったいつもの感覚はない。しかし、江戸時代初期を舞台にしているので、新感線的時代劇シリーズの系統に分類される作品だとも言える。

時は1637年、「島原の乱」をベースに物語は展開する。

主役の一人は、民草が重税に喘ぐ島原の地で、人々を救う「天の御子」だと信じられている益田四郎時貞。

しかし、奇跡を起こせたはずの彼の力はすでに失われており、もはや神の声を聞くことはできない。人々のすがる心に戸惑い、それでも民を救いたいと考え、彼は悩み続ける。

もう一人の主役は、異人との混血児で鎖国政策の折に国外追放されたものの、船が難破し天草に漂着、その難破船で暮らしている少年、天草のシロー。

彼に信仰心はなかったが、彼の歌には人の心を動かす不思議な力があった。

やがて彼は、四郎たちと出会い「天の御子」として祀り上げられていくこととなる。

天草四郎」という存在を二つにわけることで、二人の「四郎」が出会い、運命に翻弄されていく様を、ドラマだてていく。

そのドラマは意外なほど荒々しく、そして強引な切り口で展開していく。洗練という言葉とは程遠い脚本は、しかし否応なく運命の渦に巻き込まれていく登場人物たちの有様を象徴している、かのようにも思える。

厳かとも言える群唱の歌声は、救世主にすがる心となって四郎を、シローを襲い、そして観客を襲う。

史実を知っている者なら、登場人物たちの行く末には悲劇しかないことがわかるだろう。だから、そのすがる歌声は聞いていて痛い。本当に痛い。

だから、冒頭から泣いていた。悲劇が悲劇となって現出したときより、その悲劇にいたる前のプロセスで泣けてしまう。

救い主を待つ人の心はそれほど重く、そして痛い。

人々の期待に応えられないことを歯痒く思う四郎、期待に押しつぶされそうになる四郎、過去の罪の意識に苛まれる四郎、シローの奇跡を見て「何故私ではないのか」と問う四郎。ああ、苦悩だ。痛すぎる……。

その痛さを上川隆也が表現するからこそ、観客の心も痛くなる。ヤバいよ、上川。ココロガイタイヨ。

彼の舞台を見るのは2002年の『天保十二年のシェイクスピア』以来だけど、いいよね。

そして、シローを演じる中川晃教の歌声も犯罪級にヤバい。

まさに、神の声を持つ少年。あなたのアッキー。

この二名の破壊力は絶大なので、女子は注意。

もちろん、高橋由美子大塚ちひろも素敵なので男子も注意。大塚ちひろのぷっくりした頬と、透明な歌声にはやられた……。その涙にも。

また、全編に横たわるシリアスな空気を払拭するかのように、悪役側の幕府側が全体的にコミカルに演出されているのも良かった。

大名たちが全員ネクタイ姿、というのも何かを象徴しているようで笑えるし。

劇団員関連では、橋本じゅん『阿修羅城の瞳』2003年版よろしく、重要なようで本筋的には実は全然重要ではない役だ、というのもポイント高い。

個人的には、河野まさとが好きなのだが、今回はそんなにトバしていなかったので、少々、残念だったかな?

ゲキ×シネとしては、いつものとおり。

ただ、今回はいのうえ歌舞伎ではないため、花道が存在しない。なので、カット割りはアカドクロアオドクロに比べてやや平坦に見えた。

殺陣のシーンでは、もっと全体を把握したいから引いて欲しいなぁ、と思うことや、変にスローなどのエフェクトを入れたりしない方がいいんじゃ……、と思うのもいつもどおりか。

幕間に表示されるテロップも、蛇足な気がしないでもない。史実を知っている人には無用だし、知らない人は読んでも意味がわからないだろうし……。

しかし、会場全体を埋め尽くすような音響の迫力は、もうこれは映画館ならでは、かもしれない。

また、劇中で何度か、TVモニタによる演出がなされていたようだったが、ゲキ×シネの映像では役者のアップで繋げるシーンなどが多かったためか、特に目立ってはいなかった。

そういう意味では生とは違った印象を受けるかも知れない。

不満をあげるとすれば、客入れ時に『SHIROH』のライヴCDを流していたことか。

ミュージカルのCD流したら、台詞も入ってるだろ……。ミュージカルなんだからさ。

おかげで、初見なのに、デジャヴュ感覚だよ……。自分の記憶力が意外に良いことを知る……。

これは、今からでも遅くない。やめるべきだろう。

あと、休憩は10分しかないので、二幕に遅れないよう注意。

トイレは上映前に済ませておくべきだろう。

蛇足を少々。

本編の感想からズレるが、『髑髏城の七人』などの一連の時代劇を同一時間軸の上にあると仮定して、考えてみると、とある魔王の魂を封じ込める為に江戸城を拠点とした徳川幕府は、二人の神の御子(と三万七千の使徒)の魂を生贄とすることで、ようやく磐石となった、と解釈できなくもない……。

その魂と引き換えに得た200年の天下泰平。

それがはらいそだったのか、いんへるのだったのか……。

遺された僕たちは、彼女とともに見届けなければならないのだろう。

サンタ・マリア、ゼズス・キリスト、父なるデウスよ、救い主を我らに……。

ゲキ×シネ第3弾

SHINKANSEN☆RX『SHIROH』(2005)

作:中島かずき

演出:いのうえひでのり

出演:中川晃教上川隆也高橋由美子/杏子/大塚ちひろ/高田聖子/橋本じゅん植本潤粟根まこと/吉野圭吾/泉見洋平/池田成志秋山菜津子江守徹/右近健一/河野まさと/山本カナコ/川原正嗣/前田悟/小暮清貴/杉崎政宏/中山昇/林洋平/安部誠司/蝦名孝一/五大輝一/須田英幸/田澤啓明/横田裕市/中谷さとみ/保坂エマ/飯田容子/関根えりか/高谷あゆみ/拓麻早希/玉置千砂子/豊福美幸/林久美子/ももさわゆうこ/奥山寛/飯野めぐみ/坪井美奈子

ミュージシャン出演:岡崎司/ルーク篁松崎雄一/石黒彰/岡部亘/前田JIMMY久史

映像STAFF

監督:江戸洋史

撮影監督:小笠原正明

音響監督:古谷正志

SHIROH公式サイト

《参照》

二人のシロー(塒のこっちがわ)

四郎とシロー(みそだれ日記)

追記:

島原の乱より約230年後の1865年、イザベリナゆりとプチジャン神父の邂逅を契機に、潜伏キリシタンたちの冬の時代は終わりを告げます。その出会いもドラマティックなので、是非、調べてみてください。

そういえば、長崎県生月島では、現在もカトリックに改宗しないカクレキリシタンの信仰が受け継がれているそうですよ。