隆慶一郎『吉原御免状』『かくれさと苦界行』

隆慶一郎という人は、齢60を超えてから作家としてデビューしたらしい。

そしてその後、僅か5年で鬼籍に入っている。

某少年誌隆慶一郎作品がまんが化されたこともあるので、名前こそ知っていたが、詳細は知らなかった。

二冊読み終えて後、あらためてその事実を考えると素直に凄いと思ってしまう。

そして、惜しいと……。

氏のデビュー作である『吉原御免状』を読もうと思った契機は、劇団☆新感線同名の舞台を観たことだ。

中島かずき隆慶一郎に傾倒しており、いのうえ歌舞伎の数々も氏の著作にインスパイアされている部分がある、ということを知り、読んでみたくなったのである(逆に言えば、舞台を観るまでは原作を読まないよう我慢していた)。

もちろん舞台で知った剣士・松永誠一郎と公界「吉原」が、その後、どうなっていくのか──それを知りたくなったというのもある。

だから、最初、『かくれさと苦界行』だけを読もうか、それとも『吉原御免状』から読み始めるかで少々迷っていた。

最初に入った本屋に『かくれさと……』が置いてなかったので、『吉原……』から読むことにした次第だ。

ちなみに、翌日、その本屋には『かくれさと』があった。

つまり、ちょっとした偶然で『吉原』から読むことになったといえる。

それはある意味、正解だった。

やはり舞台は一本の作品として成立させる為に筋を一本通しているので、枝葉としてバッサリ落とされている部分が結構あった。

特に、誠一郎の生い立ちを語る上で、後水之尾天皇徳川和子の関係を知ることは欠かせない極めて重要なファクタといえる。そのあたりの背景を理解していた方が、『かくれさと』に移行しやすいのだ。

実際、続編『かくれさと』では、誠一郎が後水之尾法皇東福門院和子らと出会うシーンがある。このシーンでは涙が出そうになった。

舞台では勝山太夫をヒロインとしクライマックスへもっていくために、基本ラインはそのままではあるが、いろいろと再構成している部分があった。

しかし、『吉原』を読む限りでは、誠一郎の心にいるヒロインは仙台高尾こと高尾太夫であったように思う。

その仙台高尾も、本編では詳しく語られないが巷談に基いた壮絶な最期が待ち受けているというのだから切ない。

『吉原』の6年後を描いた続編の『かくれさと』では、すでに高尾は故人である。

高尾太夫がどのような最期を遂げたかは、一般の通説に従っているので、そちらを参照して欲しい。

僕は時代小説をあまり読んだことがなかったので、よくわからないのだが、基本的に日本人の描く小説は登場人物の主観を基調として語られるものが多い(多いというだけで、そうしなければならない、という法があるわけじゃないけど……)。

気付いていない人は注意深く読んで欲しいのだが、大抵の小説は、三人称を使っていてるものでも、地の文には視点がある。視点が変わるときには、段落が変わることが多い。

しかし、この作品にはちょくちょく作者が登場し、三人称は本当に三人称になる。場合によっては作者の一人称まで出現する。

バックボーンを解説するにはその方がいいのかもしれないが、あまりそういう小説になれていなかったので、少々、面食らった。

物語は雑誌連載の小説だったらしく、一冊としての盛り上がりと構成とが緻密に練られているという印象は少ない。

場当たり的で進んでいくため、もっとタイミングが早ければ活きたのに、これはもっと遅らせた方が効果的だったのに、というファクタも少なくない。

しかし、それより何より、この二作において特筆すべき点なのは、隆慶一郎ワールドとでもいうべき独特の史実により構築されていることである。

徳川家康がどういう末路を辿ったのか、天海僧正の正体が何なのか、徳川秀忠がどういう人物だったのか……そのあたりが、ある意味突飛に、ある意味綿密に設定されている。

そしてそのトンデモ設定が活かされることを前提とした舞台が用意されていて、物語が編まれていく。設定は活かされるべくして活かされる。なんというかそのイキオイが大事なのだ。

だからといって、この作品は、単なるトンデモ史実小説ではない。この作品を幻想的な神話として成立させる為に、トンデモ史実がセレクトされた、と考えた方がいいのだろう。

これは、おそらく後に書かれた『一夢庵風流記』や『影武者徳川家康』にも通じるものだと思われる。

そのプロトタイプというべきものがここにある。

とりあえず、『かくれさと苦界行』で誠一郎のライバルともいうべき柳生義仙の魂は解放され、誠一郎とおしゃぶも子を成したので、一応の結末ととることもできる。

だが、『かくれさと苦界行』の巻末に寄せられた縄田一男の解説によれば、このシリーズは四部作だったとのことである。

「上野寛永寺が幕府の対吉原要塞となるはずだった」などというのを見てしまうと、続きがどうなるのか気になってしまう。

その名を知ったときにはすでに故人だったのだが、それでも作者の急逝が残念でならない。

吉原御免状(新潮社)

隆慶一郎

ISBN4-10-117411-3

かくれさと苦界行(新潮社)

隆慶一郎

ISBN4-10-117413-X