Mr.インクレディブル

『ファインディング・ニモ』を劇場で観たあの日、公私共に疲れ果てていた僕の目に飛び込んできた『ニモ』の世界は、あまりに光り輝いていて、映画を観る直前に見た知人の産後間もない赤子の顔も相まって、次作の予告であるベルトのバックルが締められないロートルヒーローの姿は殆ど気にならなかった。

むしろ、『キューティーハニー』の予告の極彩色の方が記憶に残ったくらいだ。

ホームドラマを基本とするピクサーのCG映画で、ヒーローものを扱うとどうなるのか、というのもピンとこなかった。

が、そんなこととは関係なく、その日からまるまる一年が過ぎた『Mr.インクレディブル』公開時期、僕は公私共に休まることのない怒濤の渦に呑まれてしまい、劇場に鑑賞に行くことが物理的に不可能になってしまった。

自分が崖っぷちにいるときに、他人の世話をすると大変な目に合う、ということを学び、深く反省した2004年の年末だった。

スクリーンで観ようと思っていたのに観逃してしまった映画を自宅のTVで小ぢんまり観るためには、ちょっとばかり起電力が必要になる。いつもより多めに。

Mr.インクレディブル』を観る為には、「レンタルで一般作になる」というクッションを自分の中で設けなければならなかったようだ。

その重い枷がようやくとれたので、鑑賞した次第。

(といっても、観てから少々経ってしまったけど……)

僕がディズニー×ピクサーのCG映画に絶大な信頼を寄せているのは「脚本」だ。

アンドリュー・スタントンの細かいところに手が届き、心のひだをくすぐる脚本力。

トイ・ストーリー2』や『ニモ』では思わず泣いてしまったくらいだ。

しかし、『Mr.インクレディブル』の脚本はアンドリュー・スタントンではない。

この作品の監督・脚本を務めたのは『アイアン・ジャイアント』の監督でもあるブラッド・バード

アイアン・ジャイアント』自体、面白かったものの、それほど高く評価していたわけではなかったので、鑑賞後、この『インクレディブル』の監督・脚本が同じ人だったと知って驚いたくらいだ。

結論から言おう。

この作品は、非常に面白かった。

他の国のことはよくわからないが、アメリカには大勢のヒーローがいる。もちろん、日本にも。

そこには長い(?)歴史の中で徐々に確立し、受け継がれてきた方法論が存在する。そして、その伝統を受け継いだり壊したりすることで、作品の特色が生まれていく。

中にはヒーローもののお約束をくさしたメタ・ヒーローものとでもいうべきパロディ作品まで登場する。

そういう意味ではこの作品はメタ・ヒーローものであり、なおかつヒーローものである、非常に美味しい作品だった。

この作品を劇場で観られなかったことは、ヒーロー映画好きとして、とても悔やまれる。

冒頭で語られるのは、ヒーローがあたりまえに地域に根付き活躍する世界。その世界が、ある事件をキッカケに180度転換してしまう。

まるで『ジャスティスリーグ』の世界から、ある日突然、『X-MEN』の世界に陥ってしまったみたいだ。ヒーローたちにとっては、悪夢の時代が到来する、わけである。

まあ、あくまでそれは前提であって、真の物語はその16年後、一般社会に溶け込んでしまったヒーローたちの日常から、始まる。

簡単に言ってしまえば、この作品は主人公であるMr.インクレディブルことボブ・パーが、自らのヒーロー性=自己を再獲得する、というそれだけの作品である。

だから、この映画の見所は、最初のミッションをクリアした後、ボブが徐々に復活していく描写だ。その間の夫婦関係も微笑ましい。

キスの為に伸びてくるワイフの腕、最高じゃないか。

そんなわけで、この映画のそれ以降はおまけみたいなもんだと思う。

おまけにしては豪華すぎるけど……。

難点をあげるなら、シンドロームことバディの扱い。最後には、彼の魂をも救って欲しかったのだが、そこを求めてしまうのは僕が日本人だからだろうか? 実際、理由はどうあれ、彼の犯した罪は重い。

まあ、彼の末路はヒーローものに対するアンチテーゼ……というかパロディみたいなものだから、そう重くはならなかったけどね。

これで、ディズニーとピクサーが契約の元作られるCG映画は、あとは『Cars』を残すのみとなった。

今度こそ、劇場で観たいなぁ……。

『Mr.インクレディブル』("THE INCREDIBLES" 2004)

監督・脚本:ブラッド・バード

製作:ジョン・ウォーカー

音楽:マイケル・ジアッキノ

出演:クレイグ・T・ネルソンホリー・ハンター/サラ・ヴォーウェル/スペンサー・フォックス/エリザベス・ペーニャ/ブラッド・バードサミュエル・L・ジャクソンジェイソン・リー

製作総指揮: ジョン・ラセター

Mr.インクレディブル公式

追伸1:ああ、本当なら、魅惑的なヒロインであるミラージュ(この作品では、一番好きかも。彼女もまた欠落を抱えている)のこととか、フロゾン役のサミュエル・L・ジャクソン(メイス・ウィンドウ!)のことも書きたかったのだが、それを書くとまとまらない。

感想をまとめるって取捨選択なのね……。

追伸2:ちなみにブラッド・バード『ニューヨーク東8番街の奇跡』の脚本も書いているそうだ。

この作品、とりわけ評価が高いわけではないが、高校時代、劇場に観にいったことを覚えている。