悪魔くん

エロイムエッサイム、我は求め訴えたり……。

この文句でおなじみの『悪魔くん』であるが、実をいうとよく知らない作品であった。

もちろん、1989〜90年に放映されたテレビアニメ版は時折観ていたし、今でも散歩しながら主題歌を口ずさむ程度には印象に残っている。

あとは、水木しげる作品にそういう作品がある、という事実と、Wikipediaに載ってる程度の雑多な情報のいくつかを知っているのみであった。

ここ最近話題になっている『ゲゲゲの女房』で、貸本版から少年マガジン(劇中では少年ランド)への進出、そしてテレビドラマ化までを描いていて、割と感慨深い内容になっていたので、この機会に読んでみようと、思い立って取り寄せてみた次第だ。

今回読んだのは、ちくま文庫から出版されている『悪魔くん(全)』と『悪魔くん千年王国(全)』。

知らない方もいると思うので、軽く説明しておくと、『悪魔くん』っていうのは、元々は水木しげるが貸本まんが家時代に書いた作品で、1963〜1964年の間に全三巻が出版された。

元々、全五巻で構想されていたものの、人気がなく全三巻に縮小された、というエピソードが語り継がれている。

その後、週刊少年マガジンにてメジャ作家の仲間入りをした水木が1966年に発表したのが、少年マガジン版の『悪魔くん』。同年秋には東映による特撮のテレビドラマが始まっているので、そのタイアップ作品という性格も大きい。

ちくま文庫の『悪魔くん(全)』は、その少年マガジン版『悪魔くん』を収録している。

最初の話「悪魔くん登場」において、一万年に一人といわれる天才児「悪魔くん」こと山田真吾がファウスト博士の力を借り、ソロモンの笛を手に入れ、悪魔メフィストと契約するまでを描いている。

以後、悪魔くんメフィストが遭遇するいくつかの不思議な事件が描かれ、『悪魔くん』の物語は唐突に終了する。

面白いのは、最初の「悪魔くん登場」とそれ以後の話とで、悪魔くんの髪型のデザインやソロモンの笛などの形状が変わっていることだ。

当初の悪魔くんは前髪がぐりんと跳ね上がっていて、いかにもまんがの主人公、といった髪型になっているのだが、二話目以降の悪魔くんは普通のおかっぱ頭だ。ソロモンの笛も最初はたて笛だったのに、何の説明もなく二話目からオカリナになっている。

通して読むと不思議な気分なのだが、これらの作品が連載された時期を調べると、なるほどと納得する。

最初の「悪魔くん登場」は1966年の1月から2月に連載されていたもの。これに対して以後のエピソードの連載期間は同年11月から翌年4月、と少し間が開いている。

東映の実写ドラマの『悪魔くん』が1966年の10月から翌年3月までの2クール放映だったことを考えれば、最初のエピソードは、テレビ企画を通すために書かれたパイロット版のようなもので、以後の作品はテレビ放映と並行して連載されたタイアップ作品、ということになる。

笛がオカリナになってしまったのは当然のことながら、悪魔くんのビジュアルも悪魔くん役の子役・金子光伸くんを意識して変更したんじゃないだろうか。

残念なのは、最後のエピソード「クモ仙人」の締めの三コマで唐突に悪魔くんがソロモンの笛を失い、「永久に悪魔は呼び出すことはできない」「平凡なこどもになっちまったよ」と言って終わってしまうことだ。

実際には悪魔くんは天才児であるから平凡なこどもではないし、笛はメフィストを召喚するアイテムでもない。悪魔くんの当初の理想もどこへやらだし、これではファウスト博士も死に損なので、「これからも悪魔くんの戦いは続く」とした方が良かったのではないか、と思わなくもないが、まあ、終わってしまったものは仕方ないだろう。

一方、『悪魔くん千年王国(全)』は、1970年の3月から10月に週刊少年ジャンプで連載された『悪魔くん復活 千年王国』を収録したものだが、内容は少年マガジン版と大きく異なる。

悪魔くんは、悪魔を呼び出して悪い魔物と戦うのではなく、悪魔を呼び出すことにより得た力で、この世をユートピアにするための革命を狙っている。

また、悪魔くんの本名も松下一郎ということになっており、物語も悪魔くんの家庭教師となる佐藤という男の主観で語られている。

どうやら、この『悪魔くん千年王国』っていうのは、貸本時代の『悪魔くん』のリメイク作品であるようだ。

連載開始の1970年というのは、貸本版が出た1963年の七年後。タイトルから考えても、悪魔くんの「復活」を意識した連載だったと思われる。

貸本版の『悪魔くん』は、未読であるが、この世のユートピア化を望み社会に戦いを挑んでいた悪魔くんが、最終的には使徒ヤモリビトに扮した佐藤の裏切りにあい、その命を落とす。最後に悪魔くんは七年後に蘇る、ということを示唆して物語は幕を閉じるのだそうだ。

全五巻の予定が、全三巻に再構成されたということで、先入観的に打ち切りのごとく悪魔くんの死が描かれたのかと思い込んでいたのだが、どうやらそれは誤解だった、ということが、この『悪魔くん千年王国』を読むとわかる。

地上のユートピア千年王国」の樹立を目指し奮戦する「悪魔くん」こと松下一郎は、やはり最終的には悪魔ベルゼブブにそそのかされた佐藤の裏切りによって命を落としてしまう。貸本版と違うのは、『悪魔くん千年王国』では悪魔くんの復活をしっかり描いているところだが、復活した悪魔くん使徒たちの戦いが再び始まることを示唆して物語は終わってしまう。

リメイク版でも復活後の悪魔くんの戦いが描かれるわけでないってことは、つまり、救世主の死と復活を描くことがこの作品の目的だったわけで、佐藤は最初からイスカリオテのユダとして設定されていたことになる(というか、「十二使徒」という単語自体がすでにそういった雰囲気を連想させていたわけだけど)。

マガジン版の悪魔くんも、ジャンプ版『千年王国』の悪魔くんも、一万年に一人の天才児で悪魔を呼び出そうとしている基本設定は変わらない。

しかし、貸本版『悪魔くん』をベースにしつつも、一般化を狙ったマガジン版と、貸本版のリメイクを目的としたジャンプ版では、作品の性格が大きく異なる。

これらの作品を経て1989年4月から1990年3月まで放映されたアニメ版と、それに先んじて連載されたコミックボンボン版は、マガジン版の設定を踏襲しつつ十二使徒などのエッセンスを盛り込んだ悪魔くんの決定版という位置づけになっているようだ。

すべてのバージョンの「悪魔くん」の本名が違う、というのも面白い。

ここまで来たら貸本版『悪魔くん』や、その貸本版の直接の続編という設定で1987〜88年に連載された『悪魔くん世紀末大戦』、コミックボンボン版、果ては1993〜94年に出版された『水木しげるノストラダムス大予言』も読まなきゃいけないような気がしてきた。

でも、今はどれも結構、入手困難なんだよなぁ。

先日、本屋に小学館クリエイティブの復刻版『貸本版 悪魔くん 限定版BOX』があったけど、高かった。

そのうち読もう……。