この想いを歌に乗せて

西日本の夜は遅い。
つまりそれは、東の地方に比べて夜明けが遅いという意味でもある。
ここ、琴平学園も例に漏れず朝が遅かった。夏がすぎれば、なおさらその傾向は顕著になる。
だからというわけではないのかもしれないが、早朝の学校はひっそりとしていた。
星野麻衣はそんな、ひっそりとした朝の校内の風景が好きだった。
朝のひんやりとした空気に包まれながら、彼女は、演劇部の先輩たちが来るより早く、講堂で朝練の準備をする。それが彼女の日課だった。
水銀灯の電源を入れ、暗幕を開け、オンボロの床のモップがけをする。
誰に言われたわけでもない。
はやる心を抑えるために麻衣が自分自身に課したちょっとした儀式みたいなものだ。
モップがけをひととおり終えたあと、誰もいない講堂で発声練習代わりに歌をうたうのが彼女は好きだった。

もし、あなたがいつもより早く起きてしまったなら、ちょっと早めに登校して講堂を覗いてみるといい。
運が良ければ彼女の歌声を聞けるかもしれないから。

ほら。

♪揺籃のうたをカナリヤが歌うよ
ねんねこ ねんねこ ねんねこよ